札幌高等裁判所 昭和33年(ネ)58号 判決 1958年5月21日
控訴人(附帯被控訴人) 宗像一
右代理人弁護士 栗田鉄太郎
被控訴人(附帯控訴人) 竹村きく
右代理人弁護士 斎藤忠雄
主文
本件控訴を棄却する。
原判決を左のとおり変更する。
控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し別紙第二目録記載の家屋を収去して別紙第一目録記載の土地を明け渡せ。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
被控訴代理人の請求原因ならびに答弁に対する陳述の要旨。
一、別紙第一目録記載の土地(本件土地と略称)は被控訴人の所有であるから、控訴人に対し、和解条項第二条に基き別紙第二目録記載の家屋(本件家屋と略称)を収去して、本件土地の明渡を求めるもので、その請求原因事実の要旨は原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
二、控訴人の抗弁事実は否認する。
控訴代理人の答弁の要旨。
一、請求原因事実中、被控訴人と控訴人との間に昭和二十七年三月三十一日釧路地方裁判所網走支部昭和二十六年(ワ)第四七号事件につき被控訴人主張の和解が成立し、控訴人が被控訴人からその所有にかかる本件土地を賃借しその地上に本件家屋を所有していること、控訴人が昭和三十年十二月二十一日北海道網走郡美幌町東一条北二丁目七、八番地上に店舗を建築してこれに移転し営業を開始したことは認めるが、その余の事実は否認する。
二、(イ)本件土地は控訴人が昭和十三年四月一日普通建物所有の目的で期間を定めずに賃借したのであるから、賃貸借の存続期間は三十年であるが、被控訴人主張の和解によつて残存期間を十年即ち昭和三十七年三月三十一日迄とし、その期間経過前でも控訴人が前記美幌町東一条北二丁目七、八番地所在土地に店舗を建築してこれに移転し営業を開始したときは右存続期間はその時迄と定めて、賃貸借の期間を短縮したに過ぎないから、右土地の賃貸借は一時使用を目的とする賃貸借ではない。
(ロ)仮りに、右和解により従前の賃貸借が合意解除されて新たな賃貸借が成立したとしても、その期間は十年間と定められており、これは一時使用を目的とする賃貸借ではない。従つて、右和解において約された存続期間十年の定めは借地法第二条の規定に反し借地権者に不利なものであるからその効力はない。
(ハ)仮りに右賃貸借が一時使用を目的とするものであつても、控訴人は前記和解条項第一条第二項の「控訴人所有の家屋を被控訴人に優先的に売り渡す。」との記載を、建物買取請求権が存している趣旨に誤解しこれを前提として和解に応じたものであつて、法律行為の要素に錯誤があるから右和解は無効である。
証拠関係。
被控訴代理人は、甲第一号証を提出し、原審証人中村義夫、佐藤林四郎の各証言、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認めた。
控訴代理人は、乙第一号証を提出し、原審証人佐藤林四郎、ハルこと宗像春、当審証人宗像春の各証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果を援用し甲第一号証の成立を認めた。
理由
別紙第一目録記載の土地(本件土地)が被控訴人の所有に属すること、控訴人が別紙第二目録記載の家屋(本件家屋)を右地上に所有し、本件土地を占有していること、被控訴人と控訴人との間の釧路地方裁判所網走支部昭和二十六年(ワ)第四七号事件について、昭和二十七年三月三十一日被控訴人主張の条項で裁判上の和解が成立したこと、控訴人が昭和三十年十二月二十一日右和解条項第二条所定の網走郡美幌町東一条北二丁目七、八番地上に店舗を建築してこれに移転し、営業を開始したことは当事者間に争いがない。
被控訴人は本件土地の賃貸借が一時使用を目的とするものであると主張し、控訴人はこれを争うので判断するに、成立に争いない甲第一号証、原審証人中村義夫(ただし、後記措信しない部分を除く。)、佐藤林四郎、宗像春(ただし、後記措信しない部分を除く。)、当審証人宗像春(ただし後記措信しない部分を除く。)の各証言、原審及び当審における控訴人(ただし、後記措信しない部分を除く。)、被控訴人の各本人尋問の結果を総合すれば、控訴人は被控訴人から普通建物所有の目的で、本件土地のうち昭和十五年四月一日頃四十五坪五合、更に同年六月一日一坪五合、合計四十七坪を期間を定めず賃借し、右借地上に本件建物を所有していたところ、被控訴人は自己使用のために必要があるとして控訴人に対し昭和二十五年四月十二日賃貸借解約の申入をなしたが、控訴人が承諾しなかつたので釧路地方裁判所網走支部に前記昭和二十六年(ワ)第四七号建物収去土地明渡請求事件を提起し、右事件について前記のとおり和解が成立したもので、右和解により、本件土地に関する従前の賃貸借は合意で解除され被控訴人は改めて本件土地を賃料は一坪当り一箇月金十五円、毎月末支払とし昭和二十七年四月一日から昭和三十七年三月三十一日まで賃貸し、控訴人は右期間が経過したら本件土地を明け渡すこととし、右期間経過前に控訴人が前記美幌町東一条北二丁目七、八番地所在地に店舗を建築してこれに移転し、営業を始めたときは、その時をもつて賃貸借は終了し、控訴人は遅滞なく本件土地を明け渡すこと、その際被控訴人が本件建物の買収を希望すれば、控訴人は他に処分せず被控訴人に優先的に売り渡すこととし、その価格は時価より特別安くする旨定められたこと、右和解が成立した頃、控訴人は前記美幌町東一条北二丁目七、八番地所在土地を入手しここに移転できる見透にあつたのでそれまでの猶予を与えるため、一応賃貸借の期間を最長十年間とし、その期間内でも控訴人が右土地に移転したときはその時賃貸借が終了すると定められたことが認められ、前記中村義夫、宗像春、控訴本人の各供述中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。以上認定の各事実を総合すれば、右賃貸借は控訴人が前記美幌町東一条北二丁目七、八番地所在の土地に移転することができるまでの余裕を与えることを主たる目的として成立したものと認められるから一時使用を目的とするものと解するのが相当である。
つぎに錯誤の抗弁について判断するに、この点に関する原審証人中村義夫、宗像春、当審証人宗像春の各証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果は後記証拠に照し措信し難く、かえつて、前記甲第一号証、原審証人佐藤林四郎、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果によれば、前記和解手続において、被控訴人は本件土地を即時明け渡すよう主張し、控訴人は十五年後にこれを明け渡す旨答え、結局前段認定のとおり賃貸借が終了したとき控訴人は本件家屋を収去して土地を明け渡すこととし、その際被控訴人が家屋の買収を希望すれば控訴人は他に処分しないで被控訴人に売り渡すとの合意が成立し、その趣旨で第一条第二項の条項が定められたもので、控訴人は本件家屋の買取請求権のないことを承知の上右和解に応じたことが窺われるから、控訴人の右抗弁は理由がない。
そうすれば、前記和解条項第二条に基き、本件土地の賃貸借は昭和三十年十二月二十一日終了したものにほかならないから、控訴人は被控訴人に対し、本件家屋を収去して本件土地を明け渡す義務があり、その履行を求める被控訴人の請求は正当としてこれを認容すべきである。
よつて、被控訴人の家屋収去の請求を認容した原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人は当審で請求の趣旨を拡張したので原判決を主文のとおり変更することとし、民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第八十九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 臼居直道 裁判官 渡辺一雄 安久津武人)
<以下省略>